東京地方裁判所 昭和32年(ワ)10303号 判決 1960年1月30日
原告 清水みち
右訴訟代理人弁護士 尾中勝也
同 早瀬川武
同訴訟復代理人弁護士 益本安造
被告 内野四郎
外一八名
右十九名訴訟代理人弁護士 木屋政城
主文
被告等は別紙目録記載の建物の廊下、便所その他の共用部分(別紙目録添付の図面斜線の部分)を、又被告内野は同建物一階十六号室及び十八号室を、被告岡村は同建物の二階二十八号室を、被告根本は同建物の一階十五号室を、被告須田は、同建物の一階三号室を、被告小田は同建物の一階七号室を、被告岩崎は同建物の二階二十三号室を、被告生方は同建物の二階二十二号室を、被告小林は、同建物の一階十二号室を、被告脇は同建物の一階十一号室を、被告本間は同建物の一階の十号室を、被告遠藤は同建物の一階八号室を、被告白倉は同建物の一階一号室を、被告芳見は同建物の一階二号室を、被告永井は同建物の一階五号室を、被告滝井は同建物の二階三十三号室を、被告鈴木は同建物の二階三十一号室を、被告山口は同建物の二階二十七号室を、被告佐藤は同建物の二階二十五号室を、被告伊藤は同建物の二階二十号室を、各原告に対し明け渡すべし。
訴訟費用は被告の連帯負担とする。
本判決は被告等のため夫々金五万円の担保を供するときは、当該被告に対し仮にこれを執行することができる。
被告等に於て原告のため夫々五万円の担保を供するときは右の仮執行を免れることができる。
事実
≪省略≫
理由
原告主張の請求原因(一)の事実は、そのうち被告遠藤の賃料額の点を除いて当事者間に争がなく、又原告先代より各賃貸借契約解約の申入れが、昭和三十二年 月二十七日頃被告等に到達したことは被告等の認めるところである。
そこで右解約申入れの当否を調べる。
先ず本件建物の状況を調べると、鑑定人杉水流清蔵の鑑定の結果と昭和三十四年四月十五日撮影した本件建物の写真であることについて争いのない甲第一号証の一乃至十一によると、本件建物は昭和三十三年八月当時、
(一) 外壁内壁とも亀裂剥落し、鉄板部分は腐触し、雨樋は皆無である。
(二) 屋根は不陸を生じている。
(三) 土台は腐朽して、殆んど無いところが多く、又柱根元も腐朽している。
(四) 西南側と西北側が既に一尺内外も沈下しているため、土台、床、その横架材は水平でなければならないのに、傾斜していて、建物が所謂不同沈下している。
(五) かように床、屋根、柱が傾斜しているので、危険状態にあり、少し大きな地震にあえば、倒壊のおそれがあつて、このままでは殆んど耐久力がなく、住宅として使用するには適さない。
(六) 現状のままでは危険であるから、使用可能のように根本的に改造するとすれば、約金百八十九万円を要し、又危険を防ぐ程度の最少限の修理でも約金九十五万円(その内家屋の構造部分の修理費は金六十八万五千円)を要し、なお以後年々六万円位の補修費を要する見込である。
以上の事実を認めることができ、次に右のように建物の痛んだ事情を調べてみると、前記鑑定の結果と原告本人清水みち尋問の結果とによれば、
その原因は、本件家屋が昭和十二年頃建築(この点は当事者間に争がない、)されたもので、二十余年を経過していることの外、敷地が丘の下にあつて、家屋周囲の排水、床下の通風換気が極めて悪かつたところ、戦時中原告先代清水栄が湿気を防ぐため排水溝を堀り、床下にあちこち風穴を設けたりしたが、湿気を防ぐに至らず、そのうち戦争末期と戦後の物資不足、低家賃のため完全な排水防湿その他の修理ができなかつたことに基因すること、
が認められる。
思うに家屋の賃貸借にあつては、賃貸人は賃借人に該家屋を使用せしめる義務があるから、これに必要な修理をなす義務あることは当然である。反面賃借人は木造建物など一定の耐用命数あることを前提として、これを賃借しているのだから、耐用命数のつきかけている建物については、賃貸人の解約申入れに応ずべきであつて、これに反しさような建物でも大修理によつて使用が可能となる限り、賃貸人としては何時までも修理を施し、賃貸借を継続する義務があると解することは、多額の費用をかけて大修理をなすことに諸種の経済的事情が絡むことを考えると、公平の観念に反し賃貸人に酷であろう。その対価たる賃料は借家法第七条や地代統制令第七条により増額の途はあるにしても、程度問題であるから、右の解釈の妨げとなるものではあるまい。
ところで本件建物が前示のようにいたんでいるのは、前に触れたように建築後二十年を経過したこと、丘の下にあると言う特殊の地理的条件のため特別排水が悪く湿気が多いこと、戦時中及び戦後の物資不足、統制による低家賃のため、排水防湿の工事が完全にできなかつたこと、これらがその大きな原因であるから、あながち賃貸人の怠慢として責めるわけにはいかないであろう。而して前認定の如く本件建物は昭和三十三年八月当時殆んど耐久力なく、そのままで使用することは危険な位であり、而も根本的に改築するとすれば金百八十九万円、危険を防ぐ程度の最少限の修理でも金九十四万八千円を要し、なお以後年々六万円程度の補修費を要する見込みと言うのであるから、右の事由は耐用命数の上からも、公安上からも、又経済上からも解約申入れの正当事由に該るものと謂うべきである。
よつてその日より六ヶ月以上を経過し、且数回の口頭弁論を経た昭和三十四年十月二十八日の口頭弁論終結当時は本件各賃貸借契約は解約申入れにより失効しているものと解すべきであるから結局原告の本訴請求は理由あるものとしてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条第一項仮執行の宣言及びその免脱の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 室伏壮一郎)